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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)476号 判決 1984年4月27日

原告

安藤榮治

右訴訟代理人

森下敦夫

被告

寺島登志江

被告

寺島久幸

被告

寺島辰己

右被告ら三名訴訟代理人

田中清隆

吉田清

纐纈和義

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らはそれぞれ原告に対して、各金一三〇六万四七三四円及びこれに対する昭和五二年三月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五〇年九月頃、原告所有にかかる別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)上において、同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)の建築に着手したものであるが、右建物の完成直前の昭和五一年三月七日から同月八日にかけて、本件土地のうち右建物の敷地部分の一部が陥没した(以下「本件陥没事故」という)。右陥没事故により本件建物は二、三度傾斜して内部の歩行が困難になつたうえ、本件建物全体にゆがみが生じたため建物内外に亀裂が生じ、窓の開閉も不可能となり、建物としての機能を失うに至つた。

2  本件陥没事故の原因は、本件土地の地下に存する亜炭採掘のための廃坑が本件建物の重量に耐えきれず崩壊したことによるものである。

3  原告は本件陥没事故により以下の損害を被つた。<以下、省略>

理由

一本件陥没事故の発生及び本件建物の機能損傷

<証拠>によれば、原告は昭和四九年七月訴外株式会社末徳から本件土地を買い受け昭和五〇年九月頃本件土地上において本件建物の建築に着手したが、右建物の完成直前の昭和五一年三月六日から同八日にかけて、本件土地のうち右建物の敷地部分の一部(西側)が陥没し、その結果本件建物は西側に向けて数度傾斜し、建物全体にゆがみが生じ、建物内外に亀裂が発生し、窓の開閉も一部不可能もしくは困難となり、建物全体として建物としての機能を損なうに至つたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

二本件事故の原因

<証拠>によれば、本件建物は約三五〇トンの重量建築物であつたことが認められ、また<証拠>によれば、本件土地を含む長久手町一帯は第二次大戦前後を通じて亜炭採掘が盛んに行なわれていたこと、そのため亜炭採掘が行なわれなくなつた現在においても、右地域の地下一帯には亜炭採掘のための坑道が廃坑として残存しており、その分布状況は長久手町及び名古屋通産局においてもほとんど把握しえていないことが認められる。そして、<証拠>によれば、本件陥没事故発生後の昭和五一年三月一三日から同月一六日にかけて訴外大同基礎工業株式会社が、本件土地上の本件建物の西側に近接する三箇所の地点において、ロータリー式ハンドフィード型試錐機によるボーリング調査を実施した結果右のうち二箇所の地点の地下八メートルないし九メートル附近において層厚0.9メートル程度の亜炭廃坑と思われる空洞が存在することが判明したことが認められる。そして右認定の事実に徴すると、本件陥没事故は本件建物敷地部分西側の地下八メートルないし九メートル附近に存した亜炭廃坑が本件建物の重量に耐えきれず陥没したことに起因するものであると推認するほかなく、右推認を覆えすに足る徴憑は見出し得ないところである。

三亡桂の本件事故責任の存否

1  被告らの被相続人亡桂が、昭和二七年三月二四日、本件土地を含む附近一帯七一一〇アール(昭和二八年一〇月二二日、面積五二一〇アールに減少)の区域を鉱区とする亜炭試掘権(愛知県試掘権登録第一九四五号)を取得し、昭和二九年三月二四日右試掘権は期間満了により消滅したことは当事者間に争いがない。

そこで、亡桂が鉱業法一〇九条一項所定の当該鉱区の鉱業権者に該るか否かにつき検討する。

鉱害は、その原因たる作業の為された時から相当の時間的経過の後に発生する場合が多く、特に土地掘さくによる土地の陥落の如きは原因作業後数年を経て徐々に生ずるのが通例であり、また原因たる作業は地下において継続的になされるのが通例である。従つて、その間に鉱業権の移転が行なわれた場合には、発生した鉱害がどの鉱業権者の作業に起因するものかを確定することは極めて困難である。そこで鉱業法一〇九条一項は、鉱業権者について、鉱業権の譲渡を受けた者はその者に先だつ当該鉱業権の権利者の作業に起因して生ずる可能性のある未発の損害についての潜在的責任をも当該鉱業権に附着するものとして承継することとして、損害賠償義務を負う鉱業権者を形式的に定めることにより被害者の保護をはかつたものと解される。一方、鉱業法五条、一二条及び鉱業登録令六条二項によれば、「鉱区」とは、登録を受けた一定の土地の区域をいい、鉱業権設定の出願が許可されその登録が為された場合に、当該鉱業権を行使しうる地域的範囲として鉱業原簿に記載され、その図面が鉱区図として鉱業原簿の一部とされる土地の区域をいうものと解され、従つて、鉱区は個々の鉱業権設定時において特定され、当該個々の鉱業権と密接不可分に結合しているものと言うべきである。

しかして、前示鉱業法一〇九条一項の被害者保護の視点と右の「鉱区」の意義並びに同条項にいう鉱区には「当該」なる指示文言が明記されていることに照らして考えると、同条項の「当該鉱区」とは、単に損害発生の原因たる作業の為された地域に設定されているもしくは設定されていた鉱区一般を意味するものではなく、同条項の前段において指示された特定の鉱業権と結びつく鉱区、即ちそこに列挙する損害発生の原因たる作業を行なう基礎となつた特定の鉱業権と密接不可分に結合する鉱区の意味に理解すべきであつて、これが損害発生の原因たる作業に直接的にも間接的にも無関係なことが明らかな者にまで鉱業権者と言うことだけで当然に無過失賠償責任を負わせたものと見ることは相当とはいえない。

もつとも、具体的な損害発生がいかなる鉱業権に基づく作業に起因するものであるかについては、被害者の保護をその主たる目的とする前示鉱業法一〇九条一項の趣旨に鑑み、立証を軽減して同条項に列挙する作業に起因する損害が発生した時点において、損害発生の原因たる作業が為された地域を鉱区とする鉱業権が存続している場合には、当該鉱業権に基づく作業により損害が発生したものと事実上推定され、損害発生時において、損害発生の原因たる作業が為された地域を鉱区とする鉱業権が存在しない場合には、右原因作業区域を含む地域を鉱区とする時間的に最も近接する鉱業権に基づく作業により損害が発生したものと事実上推定され、前者の場合には当該存続する鉱業権者において、後者の場合には当該鉱業権の消滅時における当該鉱区の鉱業権者において右の損害が当該鉱業権に基づく作業に起因するものでないことの主張、立証責任を負うものと解するのが相当である。

2  そこで本件につき判断するに、<証拠>によれば、亡桂が前記試掘権に基づき試掘を為した場所は、本件土地から約六〇〇メートルないし七〇〇メートル東南方に位置する訴外青山正夫の父訴外青山義勝所有にかかる愛知県愛知郡長久手町大字長湫字棒振一四番一畑一七四二平方メートル、亡桂の父訴外寺島辰己所有にかかる右同所二四番一畑一四三八平方メートルの二カ所であること及び亡桂は右以外の場所及びその近隣における試掘をした事実はないことが認められ、また<証拠>によれば、亡桂は前記場所において試掘を行なうに際し、成人男子三人の人力により直径1.35メートル、深さ約一〇メートル程の縦坑を掘り、右縦坑の中途から長さ約一五メートル程の横坑を掘つて亜炭を採取していたにすぎないことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件陥没事故が亡桂の有していた前記試掘権に基づく試掘作業に起因するものでないことは明らかである。

そうすると、亡桂の鉱業法一〇九条一項に基づく鉱業権者としての賠償責任はこれを認め難い。

四結論

以上の次第であるから、その余の判断をするまでもなく原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(横山義夫 金馬健二 松本健児)

物件目録一、二<省略>

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